端午(たんご)は旧暦5月5日の節句で、「菖蒲(しょうぶ)の節句」とも呼ばれました。5が重なる日なので、重五(ちょうご)ともいわれました。「端」は初め、「午」は午(うま)の日のことで、「端午」とは最初の「午」の日をさします。
雨に恵まれる旧暦5月は田植えの季節でした。5月(古くは午の月)の、最初の「午」の日である「端午」の日、農村では苗を植える女性・早乙女(さおとめ)たちが早苗を手にする前に一晩、菖蒲や蓬(よもぎ)を魔除けに飾った「女の家」にこもって身を清める慣わしがありました。
貴族社会では、野原で薬草を摘んだり、薬となる鹿の角をとるなど「薬猟り」を行い、魔除けの霊力があるという菖蒲や蓬で穢(けがれ)を祓(はら)い清めました。武士の世になると、端午の節句につきものの菖蒲が「尚武」に通じ縁起が良いとして、薬猟りが発展した流鏑馬(やぶさめ)などの行事も盛んに行われました。
やがて男児の祝いの日となり、端午は男児の節句、また3月3日の
上巳(じょうし)は女児の節句となりました。
楚の有能な武官でありながら追放され、河に投身自殺した屈原(くつげん)の死を悼んだ人々が、葉に米を包んで(竜に食べられないよう)水中にお供えしたという故事が起源になっています。